
|  |
4月26日 (月)
衆院補選3連敗
|
昨日行われた埼玉、広島、鹿児島での衆院補欠選挙で、民主党は惨敗した。もちろん、埼玉のように投票率35%ではとても勝負にならない。広島は、総選挙だったら勝っていただろう。・・・というのは、負け惜しみ。負けは負け。敗北の原因を厳しく直視しなければならない。
最大の原因は、民主党の魅力が薄れたこと。もちろん、自民党のように賞味期限が切れた訳ではない。しかし、国会での審議拒否や中途半端な揚げ足取りが自ら墓穴を掘ったと思う。やはり、私たちは、昨年掲げたマニフェストの進化を愚直に追求して、政策の中身と国民への説明責任(という自民党政府が逆立ちしてもできないこと)で、小泉政権を追い詰める以外にない。
「べた凪国会」などというマスコミの無責任な煽りに軽々に乗るべきでない。投票率が低かったのは、昨年のマニフェスト選挙以来、まじめにこの国の将来を憂い、政策の中身に注目して来た有識無党派の有権者が嫌気を差した結果に違いない。民主党は、とくに悲観する必要もないが、政策力が弛緩していることに対しては、相当の危機感を持つ必要がある。その意味で、私は、現実的で、しかも、政府とは異なる観点から、民主党の外交安保政策再構築に向けて、微力を尽くす決意。
ところで、この間、イラク人質事件をめぐり、さまざまなご意見、ご批判を頂戴したので、現時点での私の考え方を述べさせていただく。
結論は、やっぱり、自己責任。しかし、政府や一部政治家たちの自己責任論とは全く違う。とくに、自己負担の大合唱には嫌悪感を覚える。(安全保障関係の委員会質問では、自公の議員たちが必ず、いくら費用がかかったのか?本人たちに請求するのか?などと質問するので、辟易している。)
私の自己責任論は、あくまで政府が責任を果たすことが前提。国際社会では、渡航希望者に各国政府が懇切ていねいな状況説明をしている。(前回の「一言」で人質になった5人は、「吹雪の夜に雪山に突っ込んで行くようなもの」と揶揄したが・・・)ただ「雪が降っている」といった退避勧告では不十分もはなはだしい。気象の変化からその原因、地域的な情勢など事細かに情報提供しなければならない。その上で、それでも行きたいという人はやはり自己責任で行く。
日本政府は、この自己責任の大前提である政府の責任を果たしていない。それで費用請求とは厚顔無恥もはなはだしい。さらに、政府の最低限の責任は、国民の生命財産の保障。これは、今回、たまたまうまく解決したが、私の得た情報によれば、これもかなりお寒い状況である。
だから、費用請求に対しては断固NO。
この間、何人かのNGO関係者とも意見交換した。イラクやアフガンで頑張っているピース・ウィンズの大西さんとも話した。政府の対応のまずさと最終的な判断は自己責任という点ではおおむね一致。人質となってしまった5人が情報収集という点で余りに無責任無頓着であったこともわかった。人道援助ではボスニアやルワンダ以来世界的にも定評のあるあのピース・ウィンズですら、今のイラクにはたった1人残して全員一時撤退中だとのこと。とくに大西さんは高遠さんとも面識があって、再三危険性を訴えたとのこと。
どんなに尊い目的でも、今のイラクに入って行くことは無謀すぎる。もちろん、それでも行く、というのは誰にも止められない。しかし、そこから先は、自己責任の世界だと思う。彼らの純粋な活動を正当に評価し、称賛することと、政府の責任を追求することとは切り離して考えざるを得ない。
私が悩んでいたのは、その点だった。しかも、犯行グループの要求が極めて政治的であったこと。不可解なことが多すぎて、にわかにその政治的な要求に乗ることをためらったのである。したがって、自衛隊撤退論は唱えなかった。
パウエル米国務長官も指摘するように、彼らの命懸けの訴えに対して、費用の自己負担論は勘違いもはなはだしい。しかし、自己の命に最終的に責任をもつのは本人以外にない。NGO関係者との対話を通じて、草の根の尊い地球的な活動にも一定のルールがあると強く感じた。
|