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3月20日 (日)
政治の責任
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今日3月20日は、あの忌まわしい地下鉄サリン事件の10周年にあたる。昨日は、そのメモリアル・シンポジウムに民主党を代表して参加した。
12人の尊い命が奪われ、5500人以上の方々が巻き込まれ負傷された未曾有の大惨事。テロの規模において、あの「9.11同時多発テロ」(2001年)とほぼ互角。しかし、国の被害者対策には雲泥の差があることを一体どれほどの方がご存知だろうか。
かく言う私も、長く犯罪被害者支援の運動に関わってきた友人の紹介で、この1月に、初めて高橋シズエさんにお目にかかるまで、ほとんど認識がなかった。高橋さんのご主人は、地下鉄職員として、サリンの入ったビニール袋を電車の中から取り出して犠牲になられた。高橋夫人は、地下鉄サリン事件被害者の会」代表世話人として、この10年、懸命に被害者支援を訴える活動を展開してこられたのだ。
高橋さんは私に、この間、サリン事件被害者への国の支援がまったくなされてこなかった窮状を切々とお話された。にわかには信じられないような政府の不作為責任の重さを痛感し、私は、ただちに国会図書館の調査・立法考査局に協力を仰ぎ、9.11テロと地下鉄サリン・テロにおける被害者支援状況の比較調査を行った。
調査結果を見て、愕然とした。
(HPに一覧表を掲載したので参照されたい。)
日米の被害者支援の現状にこれほどの差があろうとは・・・。高橋さんが涙ながらに訴えられた日本政府の恐るべき怠慢の実態が浮かび上がったのだ。
冒頭にも書いたとおり、二つのテロによる被害者数は、5500人とほぼ同じ。(ただし、死者の数は、9.11の2880人に比して地下鉄サリンでは12人だったが。)
問題は、被害者への補償額とその適用規模の差異である。アメリカの場合、死亡の2880人すべてに対し総額約60億ドル、負傷の2680人に対し総額約10億ドルが給付された。一人当たりの平均給付額は、じつに126万ドルを超え、日本円にして約1億5000万円相当に上る。
これに対して、地下鉄サリン事件の被害者5500人のうち、「犯罪被害者等給付金の支給等に関する法律」(1980年成立)の適用を受け給付金が支払われた方は、たったの2人・・・!
まさか、それだけではないはずだ、と調べてみてさらに呆然とした。被害者の方々は、肉親の失った悲しみを胸に教団幹部らを相手取り民事訴訟を起こし、15被告全員に対し勝訴した。そこで損害賠償は・・・なんとゼロ!教団は、民事訴訟を起こした5ヵ月後に破産。債権の届出は、被害者のみならず国や自治体からも提出された。債権者への配当率は当初たったの16%。
その後、亡くなられた石井紘基代議士の尽力により国や自治体などを劣後配当とする新法や、オウム事件に限定された被害者保護法が成立し、事件の被害者への配当率は約3割となった。しかし、まだ3割にとどまっており、その金額は、交通事故の場合の自賠責保険の金額にも満たない。
しかも、この制度そのものが、教団に損害金を破産管財人へ支払うための経済活動を認めざるを得ない(つまり、結果として教団の存続を認める)ことになるという、被害者の方々からすれば到底受け入れがたいディレンマを内包しているのである。
さらに厳しい現実としては、この中途半端な救済策ですら、債権届けを提出した被害者が1137人(全被害者のたった2割)にとどまることだ。
ここは、裁判所が認定した地下鉄・松本サリン事件の被害総額約28億円のうち未配当の20億円超を国が買い取って、国の責任で被害者への損害補償を行うべきだ。
いずれにしても、被害者支援における日本と欧米との差は歴然だ。二つのテロ事件に対する政府の施策を比較して浮かび上がったこの差は、一体どこから来るのだろうか。
それは、国民の生命と財産を守る、という国に任された最低限の責務を果たし得ない日本政治の根本的欠陥から来ると思う。拉致問題で見せた政府の無責任な対応もここから来る。
欧米の被害者支援の基本思想は、国家がテロや犯罪から自国民を守れなかったために、被害者の人権が侵害されてしまった、という深い悔悟と反省がその中核である。したがって、侵害された人権の回復・救済を「補償金」という形で、被害者に給付するのだ。被害者からすれば、それを国に請求する当然の権利(請求権)ということになる。
翻って日本の場合はどうか。内閣府の説明によると、日本の給付金制度は、あくまで「見舞金」的な性格だという。すなわち、制度の背後にある基本思想は、「被害に遭われた方は運が悪かった。そこで、些少ですがお見舞金をお受け取りください」といったものだ。そこには、犯罪を防げなかった国の責任意識も、被害者の人権を救済しようという姿勢のかけらも見られない。ここの基本思想を根本的に転換しなければ、本来の意味での(あるいは、欧米並みの)被害者支援制度は確立できない。
じつは、この基本思想の欠陥は、昨年成立した「犯罪被害者等基本法」でも是正されていない。この4月から内閣府に基本法に基づく被害者支援施策の推進会議が立ち上がり、具体的な施策の展開を図ることになるが、私も、国政に携わる一人として、また、被害者支援を選挙公約の柱の一つに掲げた者として、「国による被害補償」の実現に向け全力を傾けたい。
こういうことを一つ一つ確実に実行していくことこそが、政治の責任であり、政治家の使命ではないだろうか。
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