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5月9日 (月)
日韓和解への道
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最近は、さまざまなブログが活況を呈している。
私がブックマークしているものの中でも出色は次の4つ。彼らの鋭い洞察には大いに知的刺激を受けている。
雪斎の随想録
kenboy3のNEETな生活
カワセミの世界情勢ブログ
さくらの永田町通信
その中の「さくらの永田町通信」に、興味深い引用があったので紹介したい。
「本当の外交とはそんなものじゃあない。国内では、『こいつは中国の手先じゃないか』『ロシアの手先じゃないか』などと批判されながらも、外では絶対に譲れない日本の原理原則を主張して、両側から板ばさみにあいながらも粘り強く交渉を進めていく。そういう外交官が少なくなりました」
これは、衝撃の書『国家の罠』の著者・佐藤優氏(外務省を起訴休職中)が、『月刊現代』におけるの福田和也氏との対談の中で述べた言葉である。
ずしりと響く言葉だ。
ブロガーの「さくら」さんは、この引用を受けて、文中の「外交」は「政治」にも置き換えられると指摘している。まったく同感。
残念ながら、この佐藤氏の辛辣な評価に耐えうる骨太の外交官や政治家を探すのは難しい。外交官で直ちに思い浮かぶのは、100年前、「ポーツマス条約」を締結して日本国民から轟々たる非難の嵐でさらされた全権小村寿太郎の姿である。政治家であれば、「戦争で負けて外交で勝った歴史はある」と、厳しい批判を浴びながらもマッカーサー司令部と渡り合った吉田茂ぐらいか。
そんな佐藤氏の言葉に触発されて、漂流する日韓関係を立て直すカギについて、私の考えているところを披瀝してみたい。(なお、日中関係については、別論するが、私は、長期にわたる競争関係に入った日本と中国は、その国際政治構造上、70年代のような「善隣友好」といった単純な関係では止まらないものと諦観している。)
日韓間には、歴史問題をめぐり多くの火種がある。しかし、韓国の識者や政治家たちと議論してきた結論として言わせてもらえば、その核心は、「竹島・独島問題」にある。その意味で、靖国参拝や教科書記述に関する執拗な批判は、すべて「竹島問題」をめぐる日韓の認識ギャップに起因した二次的なものといえる。すべては、日本人の100年前に起こった出来事に関する無関心に起因しているのだ。この「無関心」「無認識」に、韓国の人々が憤っているのである。
その意味で、今年の3月16日に島根県議会が制定した「竹島の日」条例は、じつは韓国民にとって100年前の出来事のデ・ジャ・ブーとなってしまったのである。
これで、ピンと来た人には拍手を送りたい。(私の周りには政治家を含め、そういう人はほとんど見当たらなかったから・・・。)
100年前に何が起こったか。1905年2月22日、島根県により竹島編入の告示が行われた。近代国家・日本による竹島領有が確定した瞬間である。
ところで、国際法上、どの国も実効支配していない島(土地)について、先に占有を宣言し他のどの国からもクレームがつかなければ、その島(土地)は先に宣言した国の領土となる。だから、我が国外務省は、日本の竹島領有は国際法に合致したもの、と堂々と主張しているのだ。
しかし、である。この日本による竹島領有宣言が行われた当時、朝鮮国はどんな状況下に置かれていたか。外交権を著しく制限された半植民地のような状態であった。それというのも、当時の朝鮮半島は、前年に始まった日露戦争の後方兵站基地として、大日本帝国陸海軍将兵によって主要な拠点はほぼ制圧されていた(1904年2月の「日韓議定書」に基づく措置)。
しかも、04年8月には「第一次日韓協約」が締結され、朝鮮国の外交権は事実上日本政府のコントロール下に置かれることとなったのである。その上で、翌05年1月に竹島領有の閣議決定がなされ、2月に島根県の告示が行われた。それに対し、どの国からもクレームがつかなかった・・・。確かにその通り。
しかし、当時の朝鮮国は、前述の通り主権国家としてほとんど無力化しており、クレームをつけようにもつけられなかったというのが実態。そこから先は、05年11月の「第二次日韓協約」により朝鮮国は「保護国」化されることになり、1910年に始まる植民地支配へと一直線に突き進むことになった。問題の本質は、日本人として、この一連の歴史的事実をどう見るか、にある考える。
韓国民には、島根県による竹島編入の告示こそ、日本による植民地支配への「第一歩」と映っている。翻って我が日本人はどう受け止めているのか。じつは、ほとんどの日本人がこれらの歴史的事実を認識していないか、認識していても教科書に書かれた朝鮮半島植民地化の過程と竹島領有の経緯をリンクさせて捉えていないのではなかろうか。
この日本側の無認識、無関心こそが最大の問題だと思う。事の重大性(少なくとも相手の韓国民はそう受け止めている)も認識せずに、「領土問題については冷静に」(町村外務大臣)と言っても、それは韓国民からすれば、事態を沈静化するものではなく、火に油を注ぐセリフでしかない。韓国の友人たちは、日本側に100年前の歴史的事実に対する韓国民の心情を少しでも慮る姿勢があれば、韓国側も問題の「より実際的な」解決に向けた話し合いに望む用意はあると断言する。
そもそも、日韓関係をブチ壊してまで無限に自己主張を押し通そうなどという子供じみた考えを持った韓国の指導者はいない。日韓両国をめぐる国際環境は、領土問題にエネルギーを消耗するような安閑としたものではない。台頭する中国との摩擦や、北朝鮮の核問題、FTAの締結など、より高次元のもっと重要な地政学的課題を解決するために、両国の英知を集めなければならないのである。それは彼らだって十分認識している。
そのためには、「喉に刺さった刺」を抜かなければならない。それには、私たち日本人が、竹島・独島を巡る韓国民の心情を正しく理解することだと思う。領有権の主張は、それぞれの政府が古文書や外交資料などを駆使して主張し続ければよい。双方には山ほど言い分があるのだから、それこそ冷静に。その前提としての竹島領有を巡る歴史認識の共有さえあれば、あとは「実際的な解決」に向け知恵を出し合うだけ、つまりは、竹島周辺海域における日韓の漁業権の問題をいかに解決するかだ。
これは、1999年の日韓漁業協定の改定以来、日韓両国政府の怠慢によって宙に浮いている両国漁民による漁獲高の割り当てをどうするか、という問題に帰着する。イギリスとアルゼンチンとの間で戦争にまで発展したフォークランドが両国の共同管理で決着を見たように、実際的な解決をもたらす知恵は世界中にいくらでもある。
明日は、次の次の大統領候補と目されている韓国議会ハンナラ党のパク・ジン議員と再会する。前原、細野両代議士と一緒に、東アジアの安全保障問題について集中的に意見交換する。私は、日韓そしてアメリカも加えた戦略的な提携が東アジアの平和と安定の基盤となると確信している。 そんな未来志向の議論となることだろう。非常に楽しみ。
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