長島フォーラム21

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「長島昭久を育てる会」

長島昭久プロフィール

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基本プロフィール 公式プロフィール(PDF版)
【名前】 長島昭久 (ながしま あきひさ)
【生年月日】 1962年2月17日 (寅年) 横浜生まれ
【血液型】 A型
【趣味】 水泳、スケート観戦、司馬遼太郎、そして最近では、水彩画をはじめました
【特技】 どこでも瞬時に寝られること
【家族】 2人の娘を持つ父として、妻とともに子育て奮闘中
【座右の銘】
「命もいらず、名もいらず、官位も金も望まぬ者ほど御し難きものはなし。しかれども、この御し難き者にあらざれば、国家の大業を計るべからず。」

(西郷南洲遺訓)


【PDF版公式プロフィールについて】 2011年11月24日更新(439KB)
『覚悟の瞬間』紹介記事(外部リンク)

長島の歩み

青年期
  • 23年間慶應義塾に学び、「独立自尊」の福沢精神を徹底的に叩き込まれる。
  • 高校生活最後の冬、ソ連の「アフガン侵攻」(1979年12月)を前に、政争に明け暮れる日本の政治家たちを見て、国際政治をリードできるような政治家が日本にも必要だと痛感。
  • 高校時代には仲間とともに日本で初めてのラクロス同好会を創設、大学時代は応援指導部のリーダー長として早慶戦の大応援団を指揮する。
  • しかし、大学卒業の年に、内村鑑三の『後世への最大遺物』と出会い、このまま惰性の中で人生を送っていいのだろうか、としばし反省・・・。


【Challenge1】 これまでの「遊び人生」に決別、でも初の「受験勉強」に苦しみました。

1986年(24歳)
  • 学士入学から大学院進学へ。新進気鋭の小林節助教授(当時)の下で、国家の基本法である憲法学を徹底的に学び、ティーチング・アシスタントとして司法試験や公務員試験を目指す後輩たちを指導。彼らの多くは、今でも私のよきサポーターです。


1990年(28歳)
  • 博士課程在学中に、石原伸晃衆議院議員の公設第1秘書 東京文化短期大学で憲法学の講師として教鞭をとり、「教えること」の難しさを実感。
  • 一方、石原父子との交流や、新人代議士の地元責任者として地道な後援会づくりに汗を流した日々は、かけがえのない経験となりました。
  • 92年の夏から、大前研一氏の主宰する「平成維新の会」の立ち上げに尽力し、新しい政治の流れを夢見て日夜奮闘。
  • しかし、このまま政治の世界に埋没していく自分に危機感を抱いて・・・

【Challenge2】 太平洋を渡り国境を越える瞬間の緊張感は今でも忘れません。

1993年(31歳)
  • 単身渡米し、ヴァンダービルト大学客員研究員に。テネシー州ナッシュヴィルの田舎町で、朝から晩まで、寝ても覚めても「英語漬け」の日々。
  • ここで出会ったアジアの勤勉で優秀な留学生たちとの交流を通じ、本格的にアジアへの眼が開かれました。
  • ヴァンダービルト大学では、客員研究員として、レーガン政権時代に国防総省日本部長を務めたジェームズ・アワー教授に師事。






1995年(33歳)
  • 念願の首都ワシントンDCへ。国際関係論で有名なジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)で修士号取得。
  • とくに、カーター政権の安全保障担当大統領補佐官だったズビグニュー・ブレジンスキー教授のセミナーでAを取ったのが勲章。
  • 論文「安全保障のビッグバン」で読売論壇新人賞の最優秀賞を受賞し、論壇デビュー。
1999年(37歳)
  • 米外交問題評議会で日本人初の上席研究員(アジア政策担当)に。97年夏から日本人初の研究員として外交問題評議会の「朝鮮半島和平構想」プロジェクトに参画。
  • そこで、マイケル・グリーン氏(元NSC日本・韓国部長)やリチャード・アーミテイジ氏(元国務副長官)らに知己を得ることに。
  • そのほか、ワシントンでの5年間に、アメリカ政・官・学界で出会った多くの友人たちは貴重な財産です。
  • しかし、この10年、国際社会でみるみる存在感を失う祖国日本の衰退に、やもたてもたまらなくなって…!

【Challenge3】 米シンクタンクの研究職をなげうって、やっぱり日本のために!

2000年(38歳)
  • 単身帰国して衆議員補欠選挙に初挑戦するも、一敗地にまみれる。ゼロからの再出発も、多くの方々から温かいご支援をいただき「人に生かされている」を実感しました。



2002年(40歳)
  • 初の著書『日米同盟の新しい設計図』(日本評論社)を出版。出版記念の集いには、ワシントン時代以来お世話になっている岡崎久彦さん、櫻井よしこさん、寺島実郎さん、屋山太郎さん、岸井成格さんら、そして恩師のジェームズ・アワー教授も駆けつけてくださる。
2003年(41歳)
  • 衆議院議員選挙に再挑戦、ボランティア、スタッフの皆さんの「市民パワー」に支えられ、81,398票をいただき、初当選を果たす。翌年、新人議員として国会での活動の傍ら、自著『日米同盟の新しい設計図』の改訂版を執筆。政府の米軍再編協議に一石を投じる。この年、民主党次の内閣で防衛庁副長官に抜擢。衆議院でも安全保障委員会の理事に就任し、最前線で小泉政権と対峙。
2005年(43歳)
  • スタートラインに立って間もなく、民主党の「ネクスト防衛庁統括副長官」に抜擢。衆議院でも安全保障委員会の理事に就任。また、特別委員会ではイラク復興支援特別委員会の委員に任命され、最前線で小泉政権と対峙。

【Challenge4】

2005年(43歳)
  • 9月の衆議院議員選挙で2期目の当選。小選挙区で議席を失ったのは、不覚。民主党惨敗の中から前原誠司新体制が発足、次の内閣防衛庁長官の重責を担うことに。
  • 9月、民主党代表に前原誠司さんが選出され、新体制のもと「次の内閣」ネクスト防衛庁長官の重責を担うことになりました。これまでのしがらみを断った新たな「たたかう民主党」の誕生です。
衆院本会議にて
委員会質疑に立つ
防衛大臣政務官に就任
総理大臣補佐官に就任

2006年(44歳)
  • 9月、小沢一郎代表の下、政策調査会副会長、国対副委員長、外務委員会理事に就任し、安倍新政権に政策論争を挑んでいます。
2009年(47歳)
  • 9月、歴史的な政権交代。鳩山内閣で防衛大臣政務官に就任。
2011年(49歳)
  • 9月、野田内閣発足。内閣総理大臣補佐官(外交安全保障担当)に就任。
現在
  • 立川市錦町のビル3階の事務所は、主婦や学生ボランティアの皆さんが集い、楽しく和気あいあいと活気に包まれています。